私が体験したあがり症対策&社会不安障害治療について

私があがり症を解決するために通ったセミナーや心理療法

誰もが自分の内面的弱点を克服するために、さまざまなことにチャレンジしてきたと思う。私の場合を書けば、
「話し方教室」「自己啓発セミナー」「自己改造セミナー」「催眠療法」「病院精神科」「カウンセリング・ルーム」「禅寺」「瞑想」「あがり症と話し方の関連本」「あがり症・話し方弱点克服プログラム」
と多岐にわたっている。その体験記。
※参考サイトに同じ心理療法を受けた方の体験記のブログやHPを載せています。そちらもご覧ください

精神科の医者からは、「社会不安障害SAD」だと診断された。
カウンセリングではただ「あがり症」とか、催眠療法士からは対人恐怖症、別のカウンセラーでは適応障害、自律神経失調症と言われる。

名称は多岐に渡っていても、結局どれも正解だった。
ただ私を治療する人の好みで、名称が変わってくるだけだった。
問題はその中身で、精神的に非常にきつい症状だということにはかわりはない。

「話し方教室」

いかにうまくきれいに話すか、話す技術、あがらないための方法論、あがり症の人たちの間での発表会、声出しの義務化、大きな声でどなる練習、自律訓練法、自分にあがらないように言い聞かせる、といったメニューをこなした。
どれも表面的に私の心をさするだけで、何に根本的な解決にならなかった。

話し方教室は、普通の話し方レベルの人が、よりうまく話すためには、いいきっかけとなるかも知れない。そういう訓練の場としてはとても「あり」だと思う。
弁舌の立つ先生がいたし、なるほどと思うこともたくさんあった。

ただ、あがり症克服の場として利用しようとすると、その人のあがりのレベルによるが根本的な効果の問題がある。
話し方教室にいくら会議や会話が苦手な人が通っても、頭が真っ白になったり、どきどき緊張しすぎてしまうから、会話のやり方を練習してもあまり効果が出ないことがよくわかった。
その場ではうまく発表ができたとしても、本番の場では前述のようになるし、マイナスの失敗経験ばかりあるから、自分にはできないと思ってしまう。
こちらの問題なのだが、その問題の根っこが深いため、話し方教室でのあがり症克服は失敗に終わった。

無意識のレベルでそれが起こっているから、会話の練習をしても意味がなかった。自分の弱点を壊すことまではできなかった。
本番でちゃんとあがらずに話ができない前提を自分が持っていないとせっかくの会話の技術も無駄になってしまう。

参考サイト
話し方教室に通ったカイさんのサイト
カイの話し方・緊張解消教室 あがり症・吃音・緊張<手の震えと声の震え>打破!!

あがり症・話し方弱点克服プログラム、及び会話の格闘術

圧倒的な脳内訴求能力(脳覚醒技術)を持ち、各方面から支持者が多い心理脳内コンサルタントの先生がやっているプログラム。
そこで私はあがり症を克服できた。
話し方の技術を知恵ではなく、本物のそれとして身につけることができた。
非常に効果的で、信じがたい無意識体験と価値を得ることができた。

岩波先生は高い能力と聞いてはいたが、実際はもっと上だったから信じがたいことだった。
岩波先生という人間自体、人生で一番尊敬できる人だ。
先生のようになれたら、と何度願ったことだろう。
高潔な人間と言うよりも、『俺は独自の道を行ってやる』という人だ。それで独自の誰もマネできない域に達しているからだ。
予約についてはかなりの混雑のために、東京から大阪の移動日に無理矢理入れてもらう形になったが、先生の配慮がとてもありがたかった。

私が印象に思ったことは先生自身もあがるという。本来あがるタイプだという話を聞いた時だ。
だが、あがる要素を引っ張らないし、くよくよしない。一度経験したらもうあがらないし、自分を出せる。あがったから何?という考えができる人だから、実質的にあがらない。
悩みようがない人は、悩んでも、それをいつまでも引っ張らない人だとも語っていた。
だから結果的にあがらないし悩まないという。
それだから、いい経験値しか拾わないし、自然体で世の中を渡っていける。
プラス思考にもなる。予期不安に襲われ続ける人生とあまりに正反対だ。
「どうしよう」という不安は入らないし、先生は毎日が楽しいと言っていた。
私と正反対の人生と生き様だったが、何も強い人は最初から強いわけではない。強くなった人なのだ。
だから私でもできると思ったし、できるようにもなった(岩波先生の域まではまだまだ乗り越えるべき壁があるが、もはやマイナス分野での壁はなくなった)。
体験した人が書いているように、「この人だけは違う」「信用できる」というものだった。

先生の心理プログラムは海外でも知られているみたいで、アメリカから通ってくる人もいたのには驚いた。
当たり前のように大阪や東京に、北海道・沖縄・九州・北陸などから人が通ってきたのだ。
私が受けたあがり症のプログラムには経営者も多く来ていて、立場が上になればなるほど、あがり症の弱点に直面してしまうことだと思う。あがり症という弱点があっては、経営者、トップに立つものとしての威厳が損なわれるから、誰だって深刻な問題なのだ。
それにそんな自分に腹が立つやら情けないやら。だから割合早いうちに症状にけりをつけられてよかった。

あがり症・社会不安障害を抱えていた頃、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えて生きてきたようなものだった。
心が全く安まらなかった。いわゆる予期不安によって、毎日が憂鬱だった。
あがり症は、他者からの評価が前提だからこそ、あがる。
猫の前では上る必要がないし、あがることは実際にない。
うまくやろう、失敗だけはしたくない気持ちがさらに強化し、反射神経で、その場面になったらあがってしまう。
それは呼吸をして落ち着いてからだとか、カボチャや豚だと思えというレベルを超えている。

誰だってあがる、これは知っている。
だけどかつての私のように、あそこまではあがらない。
あがらないように頑張れば、更にあがる悪循環が私だ。
不安が不安を呼ぶ底なし沼。
必死で頑張っても、あがりをアシストしているようなものだった。
もはや自分の手の届かないところに、あがりの原因がある。

そこで根本から治す先生の理論や技法に興味を持ったことが最初の入り口だった。
脳への暗示浸透や、誤解されたものごとへのとらえ方、過去の失敗へのこだわりの解消、呼吸の練習、岩波先生からの的確なあがり症対策のアドバイス、ルーツ分析を利用して、社会不安障害の自分をある意味「受け入れる作業」を進めていった。
社会不安障害でもあがり症でも、なにか一つだけをやればいいというわけじゃない。
総合的に進めていって、効果が出てくる。
あがってもいい覚悟の気持ちが生まれ、恥をかいてもいいんだという決意も出てきた。
「よし!あがってやろうじゃないか、恥をかいてやろう」という積極的な気持ちも出てきた。
そういうときは不思議なことにあがらないし、あがりが少ない。
そこにあがり症解決のヒントがあった。

もう一つのあがり症への心構えは、常に自分を能動的に言動を行うように心がけること。
受動的になるから、人からの評価を気にしすぎて自滅する。
能動的にどんどんやっちゃえば、あがる思考回路がどんどん減っていく。
自分の心構えや暗示を入れ込むことで、私は能動的になっていった。
なるほど、あがり症にとらわれる思考になりにくい。

自分の人生を振り返ってみた。なぜ今まであんなにうまくやろうとしてきたのだろう? 
それが失敗の連続だったはずだ。ただ思うのではなく、感情レベルでそうだ! そのとおりだ! という気持ちがわき起こってきた。
失敗してやろうという失うものがないモチベーションまでおかげで生まれきた。
プラス暗示浸透の力か、失敗することが楽しみだとまで思うようになってきた。
それこそがあがり症の度合いがどんどん減っていく薬だった。
どんな精神安定剤も、絶対その感情と決意にはかなわない。
プラス暗示浸透だけが根本から治す薬はそれだったのだ! 
すごく嬉しかった。
俺でもできるんだと感激した。

あがり症を克服できるのは最終的には己なのだ。克己心こそ必要!
前よりあがらない自分に気づく。
同時にあがっても別にいいんだと思っている自分にも気づく。でもそこで意識してはダメだ。
そんなことでホッとしていたらダメだ。
しかし、その時の自分への頼もしさは、長らく感じたことがないほど嬉しい気持ちだった。
うまくやらないようにすることが逆にうまくいくことに、(ここが大事!)肌で実感できた。
いくら考えたって身に付かない実感だ。
知識? 理論? 知恵の対策? 糞くらえだと本当に思った。

次第に自分の感情をコントロールできてきた。
(無意識にいってしまったものが、意識のコントロールできるところまで上がってきたのかもしれない。
もしくは、無意識に岩波先生のおかげもあり手が届くようになったのかもしれない)。

さすがに今まであがってきた場面直前になると、緊張した。
失敗しないだろうか? いや失敗していいんだ! 考えるより行動!に切り替わってきた。
最初は訓練もなかなか大変だったが、終わってみたら実際大したことがなかった。
ほとんど上がらない自分がいた。しかも、冷静な自分を発見できた。

自分の内面へのチェックはいけないことだと気づき、あんまり考えないで事を進めることができた。
すごい自信になった。
思わず嬉しくて先生に電話をかけた。最大限のお礼を告げた。先生も喜んでくれていた。
晴れ晴れとした気持ちで、自分の中でエネルギーがわき起こっているものを実感できた。

そのあとは、それこそ離れと場数による自信の経験を積み重ねることだけだった。
歩みを止めずに、考えずに、自分自身を乗り越えていった。
あれからいろいろと楽しい気持ち、感激することがあったけれど、思わず先生に電話をかけた時のパッションに勝るものはないんじゃないかと思います。

岩波先生についても書いておきたい。
ある意味完成されている人で、少しでも先生の要素が自分にあればと思う人だ。
悩まない人間なのだ。弱々しい印象は皆無で、悩みを抱えて出口が見えない人とは真逆に位置している。
はっきり自分の意見を通せて、地のまま自然体に接してくれる。
思いやる心をもっているけれど、やる気をかき立ててくれる厳しい言葉もかけてくれる。

では、悩みと無縁で生きていた人が心理療法をやっているのかというと違うのだ。
岩波先生も期するところがあって、ある時期乗り越えることができたらしい。
だからこそ、悩んでいる人の気持ちがわかる上、悩まない生き方、考え方、精神力を持ち合わせているから、最高の存在だった。

先生の内面的資質の高さ、独特のキャラもそうだが、もう一つ技術的な凄さもある。
いかに暗示を脳の奥深くに浸透させるか、同時に心の抑圧を解消していくかの技術が非常に高かった。
それまで自分の心を変えようといろいろと経験してきた私でも新鮮な驚きの連続だった。
こんな方法があったのか! できるのか! という驚きとうれしさは今でも忘れない。
カウンセリング能力も高いから、真剣に自分と症状に向き合って、惰性の生き方、考え方を変えていけば、必ず誰でも変われる。
それを身に染みて思い知った。
岩波先生の語る言葉
がどれだけ、私の心に火をつけてくれて、また心が楽にしてくれたか筆舌にしがたい。

最後に一言。
いくら非常に高い能力や資質を持つ先生とはいえ、あなたの自主性と努力がなければ意味がないということも言っておきます。
二つの要素が組み合わさったとき、すごい結果が生み出せます。

長文になってしまいました。

参考サイト
あがり症克服プログラムを経験された方の体験記
あがり症は治るのだ! 緊張・手汗・多汗症なんて飛んでけー
蜘蛛の糸を登れば 極度のあがり症克服ルーム

「自己啓発セミナー」

弱い精神の私が許せなかったため、本を読みあさった延長で参加してみた。
心が弱い人間(その評価に私は納得がいかなかった)を強くするセミナーに参加したが、無理矢理精神的に追い込んで、甘さを捨てさせる方法だった。
たしかに自分に厳しく、時には理性の壁を破るぐらいパワーが人間には大事なのかもしれない。
泣き崩れる人や猛烈に怒り狂う人がいたし、私もその追い込むやり方にすごく反発を覚えて、一瞬モチベーションがあがった。

しかし長続きしなかった。
無理矢理気合いを注入されたがため、反動がひどく憂鬱感が強く襲ってきてしまった。
これは無理矢理自分で炎を立てようとして、酸欠に陥った感じだった。
根性と気合いだけで、あがり症を打ち消そうとしたために、余計あがり症がまだまだおさまらない自分にも落胆した。気合いだけの突破で壁は私には敗れなかった。

一つだけ言いたい。時には自分を限界まで追い込むことも人生では必要だと思う。
普通に生活していたのでは、そういう経験はないからだ。
自分の可能性、反動のパワーが自分の中に眠っていることに気づかせてくれたし、受けて無駄ではなかった。
直球勝負を好む人にはお勧めかもしれないが、精神的に追いつめる自己啓発セミナーも多いので、必ずしも評判は好悪に割れてしまうだろう

参考サイト
自己啓発セミナーの体験記
人生が変わる、自分を変える! 自分が根本から変わる方法伝授
成功哲学を学んだら成功しない 潜在意識から自己啓発するブログ

「自己改造セミナー」

ほぼ自己啓発セミナーと同じ。
表面的に改造をしても、私の心の無意識に救ってしまったあがり症・緊張・パニックを改造できなかった。
気合いは確かに必要だし、絶対必要なものだと思う。
ストレート勝負で、直線番長なやり方だから、ときには繊細な感情を潰してしまうかもしれない。
人によって合う、合わないが分かれるだろう
逆にもっと精神的におかしくなる人もいるから危険だという人は多い

参考サイト
自己改造セミナーの恐怖を描いたブログ
自己研鑽・自己啓発・成功の法則では脳を覚醒させられない

「禅寺」「瞑想」

自己を見つめ直して、己を深く知る。
心の落ち着きを取り戻し、一種の小さな「悟り」を積み上げていく。落ち着くことは落ち着いた。
自分というものを見つめ直す良い機会になった。
だが、それもその場面と状況の中であって、あがり症が発症するどうしようもない場所と状況に戻ったら、どうなるのか怖かった。
自己分析をできたことはとてもよかった。
私はなぜ今の状況なのか、どこから来てどこへ行くのか哲学的なことにのめり込んだ。
しかし時間がかかりすぎると感じたし、あがり症は瞑想だけで治るほど甘くはなかった。
どちらにしても、己を知ることはあがり症克服に大切なこと。その入り口としてとても貴重な経験を積んだ。

参考サイト
瞑想を受けて来た方のブログ
恍惚と至福 脳覚醒プログラム/覚醒瞑想体験録

「心理カウンセリング」

心理カウンセラーに悩みを打ち明けて、気が楽になった。だが、マンネリ化してしまい、刺激がなくなった。
このまま通い続けていいものだろうか? 場所を変えて別にカウンセラーのところに通ったが、そりが合わなくて、ぴんと来なかった。
結局4件カウンセリングルームに行ったが、最初のカウンセラーが一番よかった。
いまさら、戻ることもできず、相性というものの大切さを学んだ。
あがり症の気持ちがよく解るカウンセラーに相談した方が良いのか、あがり症とは全く無縁の人に相談したらいいのか、どっちなのだろうか? 

「催眠療法」

あがり症を催眠状態で、暗示をかけて治すといううことに心惹かれて、通ってみた。
しかし実態は、以前通ったあがり専門の話し方教室と同じで、自律訓練法という役に立たないものを催眠と称していただけだった。
催眠状態については、リラックス感が体を包むまで行った。
心が落ち着いたが、一時間の中での出来事だった。
本物の能力を持つ催眠療法士の先生には出会えなかったが、世の中のレベルはこういうものなんだとわかっただけでもよしとしよう。
これは負け惜しみかもしれない

参考サイト
催眠療法を経験された方のブログやサイト
こうして解決! 職場の人間関係の悩み対処法
神経症克服征服きょーかい

「病院精神科」

あがり症と抑える薬(デパスなど)を服用したが、副作用に苦しみやめる。
のんだら、仕事に支障を来すため、それだけは避けたかった。
眠くならない薬を要求しても、のんでいる意味がなくなり、あがり症が治ることがないと気がついてやめた。
薬を飲み続けることは怖いとも感じた。自然ではないのだ。
一年間あがり症を抑えて何とかなったとしても10年後も薬を飲み続けているのだろうか? 
希望が感じられなかった。
10年あがり症をしのいだとしても、それがハッピーといえるのだろうか? 
15年後、あがる場面から逃げているのだろうか? それを考えると絶望感に支配された。

参考サイト
精神科薬治療でひどい目になった方の体験記
精神科医による薬漬け、副作用&離脱症状の地獄から生還す

 

「自己啓発の本・話し方が上手になる本」

どれだけ書物を買い込んで読みあさっただろうか。
読んでいるときは、なかなかいいことが書いてある、買ってよかったと思いながら、読み進めていた。
しかし、いつまでも上達しなかった。
私が知識としてため込んだテクニックが、本番では頭から出てこない。
出てきても、実際にそれをすることができなかった。
心がやられてしまうため、知識以前の問題だった。
それでもたくさん本を読んだ。
慰めと、もしかしたらという期待だったし、ただ本を読む行為が楽で手っ取り早かったからだ。
今思えば、そういう本を読んでどうにかしようという行為自体、逃避行動だった。
何らリスクがなく取り組める対策だったからだ。
人間は感情がやられてしまうと、知恵が役立たなくなる。
あがり症は感情が真っ白、恐慌状態になってしまうということだから、鍛える順番が間違っている。

本を読んで解決しましたという人は聞いたことがない。それでも読んでしまうだろう。
読まないより読んだ方がいいからだ。
感情を克服できたときには、そういった本に書かれてあるノウハウが使えるようにもなる。
しかし、一番の問題は、その本の知識を縦横に使える日が私に来るのだろうか? 
一人の世界でならいい。
しかし対人間という舞台で本の知識を発揮しようとすると、社会不安障害が必ず邪魔をする…。

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